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コンドウヒロコのもいもい日記!!
カンペキ、戯言。
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    誰かが幸せな時 誰かは不幸なのだろうか。 世界はいっこうに満足しない。 だから進歩があるならば 不幸や悲しみは必然なのだろうか。 人が想像出来ることは 現実化できると何かのCMで聞いた。 ソレは物質的な事だけではなく 人の精神面でも可能にはできないのだろうか。 なぜ、偽善や欺瞞 自己満足と言った言葉があるのか。 価値観の違いで他人を傷つける事は 故意ではなくとも誰にだってある。 神様が居るとして 人間をつくる際に 何故 目と耳、手足を対にしたのか。 答えのない疑問。 でも、想像は無限だ。 悲しいことが少ない世界に。 手は温かい。 眼差しも。 言葉は時として生きているものを殺してしまう力がある。 その逆で、救うことも。 どうしようもなく刹那に襲われる時がある。 どうか、どうか。 あの人がもう悲しみませんように。 幸せに笑えますように。 何にもできない。 でも、出来る何かがきっとある。 そう信じたい。 私が想像することは 皆が笑えるセカイ。 綺麗事は現実を知らない人間が思うことなのだろうか。 でも、キレイな世界があってもいいじゃんか。 何度となくひとりごちる。
    | コンドウ的思考 | 18:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    忘れもの
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      今日もメガネを忘れた。
      視界がぼんやり。
      遠くがぼんやり。
      まだメガネをすることが身体に馴染んでないんだな。

      古本屋で配色の本を買った。
      季節をテーマに色を考える本。

      私は、独学で絵を描いているから
      勉強しなきゃ。

      あくまで基本は学んで
      チョイスするのは自分のセンス。
      最近のアニメは発色が眩しい。
      ブラウン管テレビとの差なのかもしれないけど
      何だか刺激がありすぎる気がする。
      製作過程が既に昔とはちがうからか。

      私は、昔のアニメの少しくすんだ感じの色は好きだ。
      言葉も丁寧だったし。
      時代だからと全て納得したくない自分がいる。
      忘れちゃいけないものを
      忘れてしまうと
      再度手にするのは容易ではないし。

      気が付かずに忘れてしまうものは
      自分に必要の無いものばかりではない事に
      無くしてしまってから気がついたり…
      だから人は器用に生きれない様に出来ているのかもしれない。
      学び続けて、自分で気がつくものが初めて身になるように。


      私が忘れたものは何なのだろう。
      忘れたものがあるのかさえ
      気が付かないより
      何かあるかもと自問自答する事も
      ふと立ち止まる事と同じように
      大事だ。
      | コンドウ的思考 | 00:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      いよいよ
      0
        2011年もあと数時間となりました。

        振り返ってみれば
        節目の歳だったな。

        色々悩んで思考もだんだんと変化しながら
        沢山の人と会って
        少しずつだけど進んでいく。

        なんだか時間に慌ただしかった。

        もうちょっと余裕を。
        そんな課題の残る一年。


        芝居もイラストのお仕事もこれからも頑張ろう。



        色んな人に心配や迷惑をかけながら
        はやく恩返しがしたいと心から思う一年だった。
        災害も事故も病気もいつ起こるか分からない。
        だから丁寧に生きようと切に思うのでした。


        人が考えうる事は実現出来るのならば
        みんなが幸せにわらていられる世界は
        必ずくるのだと信じます。

        人の想いは何よりも世界を動かす。


        良いお年を!
        | コンドウ的思考 | 16:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        帰り道に見た月は既に欠け始めていた
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          2000年7月、私は何をしていただろう。
          今日は皆既月食。
          2000年7月より11年ぶりとなる月食らしい。

          夜空は晴れていて月がよく見える。


          今日はメンバーのたじやんの芝居を観に中野へ。
          び〜ば〜と共に。
          行きにはまん丸の大きな月だった。
          今はちょうど皆既月食。
          月が見えない時間。
          何だか不思議だ。
          地球の陰が月に重なって見えない。
          でも、月はそこにある。


          見えないものは、見えないから
          そこには無いとは限らない。


          芝居の感想は後でたじやんに伝えよう。
          でも、個人的な意見としては
          『何故舞台なのか』っていう意味。
          舞台は生で、ライブ。
          そこでしか生み出せないものに価値があるわけで
          やっぱり対価として提示している料金と対等またはそれ以上を期待してしまうのが
          私の心情だ。

          技術や上手い下手という事は二の次で
          やっぱり創り手の想いや心情がガツンとくる舞台が私は好きだ。
          これはでも私の嗜好であり
          大多数の人には当てはまらない部分もあるんだろうな。

          普段観られないものにお金を出したい。
          自分も提供するときはそうでありたい。


          だんだん細くなっていく月にふと
          見入ってしまいながら
          頭でそう思った。

          今日も寒い。
          | コンドウ的思考 | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
          知らない事で罪だなと思ってしまったこと
          0
             動物実験。
            この言葉は知っていた。
            でも、実際何が行われていて
            どのようなのかは知らない。
            というか、『何故?』を考えたら分かる事なのかもしれないと
            ふと思った。

            人体に害のない化粧品はどうやって作られているの?
            人体に悪影響を及ぼさない薬はどうやって開発されているの?
            新種の病気がどういう作用を及ぼすのかをどうして知り得たのか?
            なぜ?
            なぜ?

            その背景には動物達が実験ち使われたから。

            最近目にした記事です。
            この子達は化粧品の実験に使用されていたとの事。

            エイズワクチンを作るために子供の頃に
            アフリカのジャングルからつれてこられたそうです。

            まだまだ掘り起こせば沢山の動物達がこのような状況に。
            人間の繁栄と科学の発達の裏には
            沢山の動物達が関わっていたのだと
            改めて思い知ったのでした。

            気がつかなかった事
            知らなかった事
            何だかとっても罪な気がして

            だからってあたしが何かを出来るという
            訳でもなく
            結局何も出来ないのだけれど
            知っていて毎日を送る事と
            知っていないで生活する事と
            なんだか大きな違いがあるとおもったのです。
            | コンドウ的思考 | 13:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
            終戦記念日
            0
              祖父母と暮らしていた小さい頃。
              社会の授業で初めて習ったけれど、何だかピンとこなかった。

              終戦記念日は敗戦記念日だ。
              確か先生はそういっていた。

              その歴史を教える先生も戦争を知らない。

              その言葉は、簡単に言っていい事ではないのだと
              今になってほんの少し分かった気がする。

              『お国のため』と教えられて育った人間は
              捕虜になるくらいなら潔く玉砕すべしと、
              しみ込まれた教えは如何に悲しい現実だったのか。

              今を生きる若い者はテレビやネットでの情報で
              知識としての『戦争』しか知らない。


              泣いてはいけないと思いながら、
              何故泣くのかと自分に疑問を抱きながら、
              知らなければいけない事実を見る。


              戦争は始まったら終わりは無い。

              そう締めくくって昨日見ていたテレビの特集は終わった。


              語り継げない程の恐怖。
              そうだ、一度も祖父母から戦争の話は聞けなかった。

              今があるのは、
              そういった先人たちが居たからなのだ。

              間違いを起こさないと人間は理解する事が出来ないのならば、
              悲しい出来事でいっぱいの世の中になってしまう。
              『幸せになる事』に罪悪感を感じる事も
              あたしにはあった。


              でも、そんなことは誰も望まない。

              だって、誰だって幸せを願い、
              幸せになりたいと努力する。

              自分のしあわせ
              他人のしあわせ

              世の中が一気にしあわせになることを望んでいる人は沢山居る。

              ちいさくても
              おおきくても
              幸せは、幸せだ。
              | コンドウ的思考 | 13:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              0
                なぜ めぐり逢うのかを 私たちはなにも知らない
                いつ めぐり逢うのかを 私たちはいつも知らない

                どこにいたの 生きていたの
                遠い空の下 ふたつの物語

                縦の糸はあなた 横の糸は私
                織りなす布は いつか誰かを 暖めうるのかもしれない

                なぜ 生きてゆくのかを 迷った日の跡のささくれ
                夢追いかけ走って ころんだ日の跡のささくれ

                こんな糸が なんになるの
                心許なくて ふるえてた風の中

                縦の糸はあなた 横の糸は私
                織りなす布は いつか誰かの 傷をかばうかもしれない

                縦の糸はあなた 横の糸は私
                逢うべき糸に 出逢えることを 人は仕合わせと呼びます



                中島みゆきさんが作ったこの唄。
                最近大好きでよく聞いたりしてますが、
                結婚式で歌われたり使われたりしてますよね。

                これって、恋人同士だけじゃないと思うんです。

                つながりって大事。


                あなたとわたし、
                決して同じじゃなくて。
                だから惹かれたり嫌になったり。
                違うから素敵なのに、
                違うから憎みあう。

                だれもが手を取り合える事って
                できないのだろうかと
                小さい頃から考えていた。

                人に順位を付ける事は良くない事なのだろうか。
                競い合う事は大事だと思う。
                でなければ、自分を知る事が出来ない気もする。

                自分の出来ない事を知る事は大事だ。
                自分が他の人より秀でてるものを知る事も大事だ。

                つまずく事も傷つく事も
                時には大事なんだと思う。
                | コンドウ的思考 | 11:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                振り返る
                0
                  昨日と同じような天気のいい日。

                  でも、同じ日なんて二度とない。


                  警察に囲まれている白髪ぼさぼさのおじいさん。
                  号泣しながら自転車に乗っていた女の子。
                  ご機嫌の様子で鼻歌を歌いながらあるく青年。
                  道路にちらばったミラーの破片。
                  干からびた葉っぱ。
                  ボストンテリアと乳母車。
                  胸にipodをしまおうと苦戦するおばさん。
                  ゆっくりと手を繋ぎながら歩く老夫婦。

                  統一性はない。
                  ただ、今日あたしが目撃した人や物。

                  それぞれがみんな物語を含んでいる。


                  なんか
                  すごいと思った。
                  | コンドウ的思考 | 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
                  理由
                  0
                    好きなことやモノに
                    理由なんているのだろうか。

                    人に伝える場合には
                    理由付けはするんだろうけれど。

                    好きなものは
                    好きなのだ。

                    心が惹かれたとか、
                    衝撃を受けたとか、
                    感動したからとか、
                    面白いと思ったからとか、

                    結局全部曖昧な言葉だし。

                    でも、
                    好きなものは好きなのだ。



                    自分が良いと思うものに
                    敏感でいたいのだ。


                    単純だと思う。
                    好きということは。


                    言葉で説明しようとするから
                    頭で考える。
                    一度理論立ててしまうと
                    結構面白くない理由になってしまったり。

                    選ぶ言葉をセンスと呼ぶのかもしれないけれど、
                    抱いている気持ちと
                    言葉って
                    意外とズレがあったりするんだよね。
                    | コンドウ的思考 | 11:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
                    きぼう
                    0
                      空を見上げる事。

                      道に咲いている花。

                      何気ない一言。

                      思い出の品。

                      価値のあるものは必ずしもお金と比例しない。
                      生きる事は希望を持つ事にも繋がるかもしれない。
                      感動する心は希望に繋がるかもしれない。


                      明日を見る事。

                      未来への希望。

                      たとえ明るくなくても
                      前を向く事は進む事だ。

                      前を見て。
                      | コンドウ的思考 | 14:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事